カテゴリ:2004_EasterIsland( 7 )

みなさんこんばんは、はんだちんです。

イースター島への道のりは長くて険しかったが、行ってみると島はとても素朴で
駆け回っているような、ゆっくりしているような不思議な感覚だった。
島の人はみな優しいが、西洋人の奴隷狩り、フランス人暴君の君臨、チリ軍政時代など
悲しい歴史のせいだろうか、ちょっと警戒心が強いような、そんな感じを受けた。
古代の歴史から、近代の歴史まで、いろんなものを肌で感じ、考えさせられる旅だったと思う。

帰りの空港で出会ったアルゼンチン在住の日本人のおじさんが教えてくれたが、
二三日後にピースボートがやってくるらしく、そのときには島の人口が倍になるんだとか。
もしそこに鉢合わせていたなら、こうやって歴史や文化とじっくりと向き合うことは
出来なかったかもしれない。


サンティアゴ便へ乗り込む。
名残惜しい気持ちをゆっくりと噛締めながら、新しい目的地への期待を膨らす。




この写真は載せようか載せまいか迷ったが、気に入っているので載せることにした。
大人とはまだきちんと向き合えないというのもあるが、猫とか、子供の写真を撮るのが好きだ。
(アメリカでは子供ですら勇気が要るが...)



猫のお医者さん
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CANON EOS7 EF50 F1.4 USM 400-PR
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

朝陽、夕陽の時間が好きだ。

島での滞在中、朝から晩まで、島を何周もして写真を撮り歩いた。
もちろん昼間の写真も撮ったのだけど、暑さにやられたのか、のほほ~んとしてしまって
あまり枚数も撮ってないし、どこかガイドブックに載っているような写真になってしまう。
僕の悪い癖だ。モードに入らないと、どこか事務的に写真を撮ってしまう。

でも朝夕の時間帯は違う。光が刻々と変化していく。この時間、何かに囚われたかの
ようにシャッターを切る。空が夕陽に染まる頃から、陽が沈んで我に返るまで、ほんの
僅かな時間の中にたくさんのドラマがあるような気がしてシャッターを切ってしまう。
夕陽に間に合わなかったり、カメラを持ち合わせていない時など、居ても立っても
居られなくなるぐらいだ。

でもイースター島での最終日、僕は Ahu Tahai でのんびりしていた。
せっかくなので夕陽をゆっくり楽しもうと思ったのだ。少し疲れが溜まってきたのもある。

Ahu Tahai
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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RHPIII



ビールを飲みながらのんびりしていると、宿で知り合いになったアメリカ人 Kurt が
ワイングラスを片手にやってくる。「俺の写真を撮れ。良いのが出来たら送ってくれ。」
アメリカ人はいつも勝手だ。夕陽とモアイをバックにフラッシュをちょっと入れて撮る。

その一枚が、僕のスイッチを入れた。

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CANON EOS7 EF70-200 F2.8L USM RVP100F

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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RHPIII

結局、日没までフィルムを回し続け、宿で残りのビールを飲み干した。

明日にはサンティアゴに移動する。モアイたちともお別れだ。
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

朝陽を撮り終えると、あとは島のゆっくりとした時間に任せてジムニーとともに島を散策。
昼間はとにかく暑い。日差しが容赦なく降り注いでくる。風も通るが、島独特の湿った
空気で汗が止まらない。もちろんジムニー号にエアコンなどない。
日陰に入って昼寝しようにも、どこか蒸し暑くて寝ていられない。
頭から水をかぶり、日射病にならないようにするのが精一杯だ。
夕方が待ち遠しい、こんな旅行は初めてだ。

夕方、小高い丘の上に立つ7人の酋長の像と言われるモアイを見に行く。
モアイは島の周囲に海に背を向けて立てられたものが多いが、ここのモアイは
小高い丘の上に立って海を見つめている。そのモアイの後ろからは人骨などが
発見され、どうもお墓として利用されていたようだ。
そしてその酋長たちの見つめる方向は春分と秋分の日没の方向とも言われていて
天文学的な意味も持っていたとされている。

ここのモアイはどこか優しい顔つきをしているように感じる。ここでしばらく日没を待つ。

Ahu Akivi
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CANON EOS7 EF70-200 F2.8L USM RVP100F

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CANON EOS7 EF17-40 F4L USM RHPIII

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CANON EOS7 EF70-200 F2.8L USM RHPIII
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

ここはモアイの墓場だ。

僕の最初の印象はそうだった。 Rano Raraku はかつてモアイを製造していた場所だ。
ここでモアイを切り出し、綺麗に削りこまれ、各部族の祭壇へと運搬されていったのだ。
最盛期にはかなりの数のモアイが製造されたが、人口急増による食糧難から
島民はモアイを作るのをやめ、しだいに部族間の争いが激しくなっていった。

ここにはまだ切り出し中のモアイ、もう運搬を待つだけになったモアイ、
無数のモアイたちがただ置き去りにされ、どこか寂しげに佇んでいる。

Rano Raraku
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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RVP100F
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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RVP100F
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CANON EOS7 EF50 F1.4 USM RVP100F
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CANON EOS7 EF50 F1.4 USM 400-PR
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CANON EOS7 EF50 F1.4 USM 400-PR

この子馬、背中をモアイの顎に擦り付けて気持ちよさそうにしていた。
モアイの優しさ、寛容さが伝わってきた。

予断ですが、この2枚目の写真に写っている写真家さん。右往左往して夢中にシャッターを
切る自分とは対照的に、何かと対話するようにしみじみ、ゆっくりシャッターを切っていました。
懐の深さを感じました。その写真家さんの持っていたCONTAXが、そのあともずっと
心のどこかに引っかっていたのでした。
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

後ろ髪引かれながら、月明かりに照らされた Ahu Tahai を後にする。
ここから島の西側までは約40分のドライブだ。まだ暗い海沿いの道をジムニーで突っ走る。
調子に乗って飛ばしていると、何か黒い物体が突然道路を横切った!かなり大きい。
そう、目の前に現れたのは野牛の大群だ!

「動物にだけ気をつけろ...」 動物って野牛かよ!

急ブレーキを踏んで何とかかわすも次から次からやってくる。
野牛もかなり驚いた様子で興奮している。重たそうな体で懸命に走って来る。
なかには慌てて転ぶ奴まで居る。その姿こそ滑稽だが笑っていられない。
奴らも真剣だ。道路を渡り終えた奴らはこちらを睨んでいる。
こういうのはアフリカとかで体験するものじゃないのか?

僕はヘッドライトを消してゆっくりと野牛の河を渡った。
よく観ると何かマーキングのようなものがしてある。そう、放牧なのだ。
放牧ったって自由すぎないか?彼らには罪はないんだけど。

「動物」に備えてゆっくり目的地に向かう。
なんとか朝陽には間に合った。車を降りてモアイのところまで歩く。
Rano Raraku の方を振り返ると、まだ月が浮かんでいた。

月とRano Raraku
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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RHPIII

Ahu Tongariki に向かって歩いていくと、15体のモアイ像が静かに佇んでいた。

Ahu Tongariki
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CANON EOS7 EF17-40 F4L USM RHPIII

少しずつ朝陽が昇ってくる。モアイ像はもともと部族の守り神。ここでかつての島民は
朝陽に向かって祈りを捧げていたのだろうか。こみ上げてくるものがある。

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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RVP100F
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CANON EOS7 EF70-200 F2.8L USM RVP100F

ちなみにこのモアイの復元は日本の援助によって行われたらしい。
この復元を実際に行ったのは、四国、高松のタダノのというクレーン会社。
タダノさんに感謝。
 
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

島には保険も税金もない。

レンタカーを借りようとするとすると、ホテルの主人はそう言って、
ホテルの車を一台貸してくれた。スズキのジムニーだ。

島では事故はない。ただし動物には気をつけろ。

ジャンボジェットや大型クルーザーが来る割に、島はいたってシンプルだった。
大勢いた乗客たちは、一体どこに消えたのだろう?島での滞在中、地元の人
以外にほとんど人と出会わなかった。おかげでかなりゆっくりできた。

Hanga Roa 村の外れ、夕陽が美しいという Ahu Tahai の近くに宿をとった。
朝陽は島の東側、夕陽は島の西側狙いの作戦だ。

この日もまだ暗いうちに宿を出て、島の東側まで移動する予定だった。
宿を出ると、月夜に浮かんだ Ahu Tahai が目に入った。月明かりか...
予想外の展開だった。遺跡の近くに宿をとって正解だった。

心のどこかで日の出の時間を気にしつつ、夢中でシャッターを切った。
ファインダー越しに、何か宇宙のようなものを感じた。

Ahu Tahai
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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RHPII

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CANON EOS7 EF24-70 F2.8L USM RHPII

Easter Islandというのは英語名で、1722年のイースターの日に上陸した
オランダ人が付けた名前だそうである。
そういえば明日はイースターだ。
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みなさんこんばんは、はんだちんです。

忘れもしない2004年の年末、僕は極寒のミネソタにいた。
クリスマス休暇は真夏のイースター島に行く予定だ。
真夏の楽園を想像する。期待を膨らませながら乗り継ぎを待つ。

ところが運悪くウインターストームに襲われた。しかも記録的な奴だ。
イースター島に飛ぶ前日の午後、ついにフライトキャンセルになった。
僕は慌ててカウンターに押しかけたが、一番早くて3日後まで飛べないらしい。
クリスマスシーズン、どのフライトもいっぱいなのだ。

大急ぎでレンタカーデスクに行き、乗り捨ての出来るプランでSUVを借りた。
ミネアポリスの空港を午後の4時に出て、コロンバスに着いたのは翌朝7時。
トータル15時間のドライブだ。途中目の前でトラックが炎上、足止め2時間。
オハイオに入るとウインターストームの洗礼をもろに浴びた。
ハイウエイはまさに氷で覆い尽くされていた。睡魔と闘いながら氷結路を
3時間走りぬいた。まさに地獄だ。

なんとか家に着き、荷造りをして出発。しかし、ガレージの前には雪山が。
そして予想通り見事に雪の固まりにスタックした。情けない。

雪をかき分け何とか空港に辿り着いたのは搭乗5分前。
悔しさで涙が出てきた。諦めずにカウンターに行くと、フライトディレイだ。
諦めなくて良かった。何とか飛べる。長蛇の列に並んで待つこと1時間。
やっと自分の番が来た。しかし、係の女性が首を振る。明後日まで飛べない。
それじゃぁイースター島への乗り継ぎに間に合わない。返金してくれ。
僕は苛立ちを抑えながらそう言うと、係員は何やらキーボードと格闘を始めた。
かなり綱渡りだが、イースター島行きの便に間に合う組み合わせを
なんと彼女は弾き出したのだ。

搭乗口に駆け込み僕は飛び立った。かなり揺れたが着陸も成功した。
だが不運はまだ終わらなかった。ゲートが凍り付いて降りれない。
次の乗り継ぎも迫ってるというのに、なんてこった。
こんなところで足止め喰らうなら飛ばなかった方がましだ。
乗り継ぎの時間になり、僕は深くため息をついた。
と、その瞬間飛行機のドアが突然開いた。

僕は走った。とにかく走った。そして乗り継ぎの便に飛び乗るとドアが閉まった。

それからは驚くほど順調だった。
まるで何事もなかったかのように真夏のイースター島に辿り着いた。

イースター島はとても静かだった。
モアイたちもゆっくりとした時間の中に静かに佇んでいた。

月夜のモアイ像
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CANON EOS7 EF24-70 f2.8L USM RHPII
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